なぜ外国人観光客は「体験」を求めるのか?
なぜ、現代のインバウンド観光客はこれほどまでに「体験」を重視するのでしょうか? その背景には、いくつかの理由があります。
- 思い出作り: 旅行の目的が「観光地を見て回る」から「特別な体験を通じて思い出を作る」へと変化しています。その土地でしかできない、自分自身が参加する体験は、記憶に深く刻まれ、旅の満足度を高めます。
- 文化理解: その国の文化や生活様式に触れたいという強い欲求があります。料理作りや伝統工芸体験などを通じて、表面的な観光だけでは分からない、リアルな文化を理解したいと考えています。
- SNS映え: 体験したことやその過程を写真や動画に収め、SNSで共有することで、友人や家族に自身の旅の魅力を伝えたいというニーズがあります。「体験」はSNSで共有しやすい魅力的なコンテンツとなります。
- 消費行動の変化: 物が満たされた時代において、消費者は所有することよりも経験することに価値を見出すようになっています。旅行においても、高価な土産物を買うことより、お金を払ってでもユニークな体験をしたいと考える層が増えています。
- パーソナルな繋がり: ツアーで受け身に参加するだけでなく、地元の人々との交流や、その土地の日常に触れることを求めています。体験型コンテンツは、このようなパーソナルな繋がりを生み出す機会となります。
このような背景から、外国人観光客を惹きつけるためには、美味しい料理を提供するだけでなく、彼らの「体験したい」という欲求に応えることが非常に効果的な戦略となります。
体験型コンテンツの種類と飲食店の関わり方
「体験型コンテンツ」と一口に言っても様々です。飲食店の皆様がどのようにこれらの体験に関わることができるのか、いくつかの種類に分けて見ていきましょう。
(1) 食に特化した体験型コンテンツ
飲食店の最も得意とする分野である「食」は、体験型コンテンツの核となり得ます。料理を作る過程を知る、特別な食材に触れる、日本の食文化を学ぶなど、様々な角度から企画が可能です。
- 料理教室・調理体験: 寿司、うどん、お好み焼き、たこ焼き、和菓子など、外国人観光客に人気の日本料理を作る体験は非常に需要が高いです。自分自身で手を動かし、完成した料理を味わうことは、達成感とともに日本の食文化への理解を深めます。
- 事例:Cooking Sun (東京・京都) 東京と京都で外国人向けの日本料理教室を運営しており、寿司、ラーメン、お弁当、家庭料理など、様々なコースを提供しています。英語での丁寧な指導と、アットホームな雰囲気が人気で、多くの外国人観光客が日本の家庭料理や代表的な料理の作り方を学んでいます。飲食店が自店の得意な料理の簡易版や、地域の郷土料理の作り方を教える体験を提供することも考えられます。
- 市場見学・農業体験と連携した食事: 新鮮な食材がどのように流通しているのかを知る市場見学や、実際に畑で野菜などを収穫する農業体験は、食への関心を高めます。これらの体験とセットで、収穫した食材を使った料理を提供する、あるいは市場近くの飲食店で新鮮な魚介類を味わう、といった連携は魅力的です。
- 事例:各地の道の駅や観光農園 地方の道の駅や観光農園では、季節ごとの収穫体験(いちご狩り、ぶどう狩り、野菜収穫など)を提供しており、敷地内のレストランで採れたての食材を使った料理を提供しています。これにより、消費者は食材がどのように育つのかを知り、その場で新鮮な味を楽しむことができます。地元の飲食店が、近隣の農園と提携し、収穫体験とランチをセットにしたプランを企画することも可能です。
- 日本酒・地ビール・茶道の体験とペアリング: 日本の誇る酒文化や茶道は、外国人観光客の関心が高い分野です。酒蔵見学や茶道体験とセットで、それぞれの飲み物と相性の良い料理を提供するペアリング企画は、日本の食の奥深さを伝えることができます。
- 事例:酒蔵見学ツアーと試飲・食事 全国各地の酒蔵では、酒造りの工程を見学し、日本酒の試飲ができるツアーを実施しています。中には、併設のレストランで、その酒蔵の日本酒と相性の良い和食を提供しているところもあります。茶道体験施設では、抹茶の点て方を学び、和菓子とともに味わう体験を提供しており、その後近くの飲食店で食事、といった周遊ルートも考えられます。
(2) 日本文化を体験するコンテンツと飲食の連携
食以外の日本の伝統文化体験と連携することで、飲食店の魅力を広げることができます。
- 着物・浴衣体験と街歩き+食事: 浅草や京都などで人気の着物・浴衣レンタルサービスと連携し、着物や浴衣を着て観光地を散策した後に、提携している飲食店で食事をすると割引や特典が得られるといったサービスは、お客様にとって便利でお得感があります。
- 事例:着物レンタル店と連携する飲食店 観光地の着物レンタル店の近くにある飲食店が、提携割引を提供したり、着物姿のお客様向けの特別なメニューを用意したりしています。これにより、お客様は一日を通して日本の文化に浸ることができ、飲食店も集客に繋がります。
- 茶道・書道・華道体験+軽食または日本茶: これらの伝統文化体験を提供する施設と連携し、体験後に近くのカフェや和菓子店で一息ついたり、軽食や日本茶を楽しんだりするプランは、文化体験をより豊かなものにします。
- 伝統芸能(歌舞伎、落語など)鑑賞+食事: 伝統芸能を鑑賞する前後に、劇場の近くにある飲食店で食事をするプランは、日本の舞台芸術と食文化を同時に楽しみたい外国人観光客に人気です。
(3) 日本のエンターテイメントやポップカルチャー体験と連携
アニメ、マンガ、ゲーム、アイドルといった日本のポップカルチャーは、世界中に熱狂的なファンがいます。これらのコンテンツと連携した飲食は、特定の層に強く響きます。
- アニメ・マンガ関連施設訪問+コンセプトカフェ・レストラン: アニメやマンガのキャラクターをテーマにした「コンセプトカフェ」は、作品の世界観を楽しみながら食事ができるため、海外のアニメファンに非常に人気です。特定の作品のイベント開催期間中は、多くのファンが来店します。
- 事例:アニメイトカフェ、ポケモンカフェ アニメイトカフェは様々なアニメ作品とコラボレーションしたカフェを期間限定で展開しており、作品をイメージしたメニューや限定グッズを提供しています。ポケモンカフェは、ポケモンをテーマにした常設カフェで、オリジナリティ溢れるメニューやグッズが人気です。
- ゲームセンターやテーマパーク訪問+食事: ゲームセンターやテーマパークの近くにある飲食店が、関連コンテンツをテーマにしたメニューを提供したり、チケットの半券で割引を行うといった連携も考えられます。
(4) 地域の魅力を活かした体験
その地域ならではの資源や文化を活かした体験は、他の地域では得られない特別な魅力があります。
- 街歩きツアー+地元グルメ巡り: 地元のガイドが案内する街歩きツアーに、その地域の伝統的な市場や商店街を訪れ、食べ歩きを楽しんだり、地元の飲食店でランチを味わったりするプランは、地域の「生きた」文化に触れることができます。
- 事例:各地の観光協会やDMOが企画する食と街歩きツアー 多くの地域で、地元の食文化や歴史、見どころを巡るガイド付きツアーが企画されており、そのコースの中に地元の飲食店での食事が組み込まれています。飲食店は、これらのツアーと連携することで、新たな集客に繋がります。
- 工房見学・伝統工芸体験+地域の味を楽しむ: 陶芸、染物、和紙作りなど、日本の伝統工芸の工房を見学したり、体験したりした後に、その地域ゆかりの食材を使った料理を提供する飲食店で食事をすることで、ものづくりの精神と地域の食文化を同時に体験できます。
- 祭りやイベントへの参加+屋台や地元飲食店の利用: 日本の祭りや地域イベントへの参加は、外国人観光客にとって非常に魅力的です。イベントに合わせて、地元の食材を使った特別な屋台を出店したり、イベント参加者向けの限定メニューを提供したりすることで、地域の賑わいと一体となった食の体験を提供できます。
飲食店が体験型コンテンツを導入・連携するためのステップ
「体験型コンテンツ」を貴店で導入したり、他の事業者と連携したりするためには、以下のステップが考えられます。
- ターゲット層とニーズの明確化: どのような国や地域のインバウンド観光客をターゲットとするのか、彼らはどのような体験に興味があるのかを明確にします。前回の記事で触れたように、彼らが苦手と感じるものがあれば、それを克服できるような体験にするなどの視点も重要です。
- 自店の強みや地域資源の棚卸し: 貴店の立地、提供している料理、スタッフのスキル、店舗の雰囲気など、自店の強みを洗い出します。また、貴店の周辺や地域にある観光資源(市場、農園、文化施設、工房、自然景観など)をリストアップし、それらをどのように活用できるかを考えます。
- どのような体験が提供できるか: 自店の強みや地域資源を踏まえ、どのような体験コンテンツが提供可能か、あるいは他の事業者と連携することで実現可能かを具体的に検討します。必要なスペース、設備、特別な知識やスキルを持つスタッフの有無などを確認します。
- 外部パートナーとの連携検討: 自店単独での実施が難しい場合や、より魅力的な体験を提供したい場合は、観光事業者、体験事業者、他の飲食店、農家、文化施設など、地域の他の事業者との連携を検討します。共通の目標を持つパートナーを見つけることが成功の鍵となります。
- コンテンツの企画・開発: 具体的な体験プログラムの内容、所要時間、料金、定員などを企画します。外国人観光客向けに、言語対応や文化的な配慮を忘れずに行います。
- 多言語対応と情報発信: 企画した体験コンテンツについて、多言語で分かりやすい情報(内容、料金、予約方法、アクセス方法など)を作成し、ウェブサイト、SNS、観光情報サイトなどで積極的に情報発信を行います。外国人観光客が多く利用するOTA(オンライン旅行会社)との連携も有効です。
- 効果測定と改善: 実際に体験を提供した後、お客様からのフィードバックを収集し、満足度や改善点などを把握します。これらの情報をもとに、体験プログラムの内容や運営方法を継続的に改善していきます。
体験型コンテンツ導入における注意点
体験型コンテンツを導入する際には、いくつか注意しておくべき点があります。
- 言語対応と文化理解: 体験のガイドや説明は、外国人観光客が理解できる言語で行う必要があります。英語だけでなく、主要なターゲット層の言語に対応できるスタッフを配置したり、通訳の手配を検討したりします。また、異なる文化や習慣を持つお客様への配慮も重要です。
- 安全管理と保険: 料理体験や収穫体験など、お客様が実際に体を動かす体験においては、安全管理を徹底することが不可欠です。万が一の事故に備え、適切な保険に加入することも検討します。
- 事前予約とキャパシティ管理: 体験型コンテンツは、準備や運営に手間がかかる場合があります。スムーズな運営のためには、事前予約制を導入したり、一度に受け入れられる人数(キャパシティ)を適切に管理したりすることが重要です。
- スタッフの育成: 体験プログラムの進行だけでなく、お客様とのコミュニケーションや、日本の文化に関する知識など、スタッフには様々なスキルが求められます。スタッフへの教育やトレーニングは不可欠です。
海外の先進事例から学ぶ
体験型観光が盛んな海外の地域では、飲食店が積極的に体験コンテンツを提供しています。
例えば、イタリアのトスカーナ地方では、ワイン畑に囲まれたアグリツーリズモ(農園民宿)で、採れたての食材を使った料理教室に参加したり、ワイナリーツアーとワインテイスティングを楽しんだりする体験が人気です。フランスのプロヴァンス地方では、ハーブ園を訪れて収穫体験をし、そのハーブを使った料理を地元のレストランで味わうといったツアーが企画されています。これらの事例からは、地域の「食」と「自然」、そして「文化」を組み合わせた体験が、外国人観光客にとって大きな魅力となることが分かります。
まとめ:体験型コンテンツは、飲食店の可能性を広げる
外国人観光客に人気の「体験型コンテンツ」は、単に流行に乗ることではありません。それは、日本の豊かな食文化や地域の魅力を最大限に活かし、お客様に感動と記憶に残る特別な体験を提供することで、貴店のファンを増やし、他店との差別化を図るための強力なツールです。
料理教室や文化体験との連携、地域の資源を活かした企画など、様々なアプローチが考えられます。大掛かりなことから始める必要はありません。まずは、貴店の強みや地域資源を見つめ直し、「どのような体験なら提供できるだろうか?」「どんなパートナーと連携できるだろうか?」と考えてみることです。
お客様の笑顔と「Wonderful!」「Amazing!」といった言葉は、体験型コンテンツを提供することの何よりの喜びとなるはずです。貴店ならではのユニークな体験コンテンツを創造し、世界中のお客様を惹きつける魅力的な飲食店へと進化していくことを心より応援しています!