コロナ禍を経て、日本の観光市場は再び大きな波を迎えつつあります。訪日外国人観光客数は着実に回復し、新たな需要の掘り起こしや、多様化するニーズへの対応が急務となっています。多くの経営者やマーケティング担当者の皆様は、「このチャンスをどう掴むか?」「競合との差別化をどう図るか?」「持続可能なインバウンド戦略とは?」といった問いと向き合っていることでしょう。
しかし、自社だけでこの問いの答えを見つけ出すのは容易ではありません。そこで視点を世界に向けてみませんか?
世界の観光市場には、長年にわたり圧倒的な数の国際観光客を惹きつけ続けている「強者」たちがいます。彼らは、なぜそれほどまでに多くの人々を魅了できるのでしょうか?どのような戦略で、どんな体験を提供しているのでしょうか?その成功の裏側には、日本がインバウンド大国としてさらなる発展を遂げるために学ぶべき、多くのヒントが隠されています。
この記事では、国際観光客到着数で世界のトップ20に名を連ねる国々に焦点を当てます。特に、常にランキング上位を占める国々の事例を深掘りし、彼らが実践する観光戦略、人気の秘密、そして最新のトレンドをご紹介します。
単なるランキングの紹介に留まらず、これらの成功事例から日本が学ぶべき本質とは何か、そして貴社のビジネスに明日からすぐに取り入れられる具体的な示唆とは何かを、共に探求していきましょう。世界のベストプラクティスを知ることは、貴社のインバウンド戦略を次のレベルへと引き上げるための強力な一歩となるはずです。
さあ、世界のインバウンド最前線から、貴社のビジネスを変えるヒントを見つけに出かけましょう。
世界のインバウンド強者たち:国際観光客数トップ20ランキングから学ぶ
インバウンド戦略を考える上で、世界のベストプラクティスを知ることは非常に有効です。では、一体どの国が最も多くの国際観光客を惹きつけているのでしょうか? UN Tourism (国連世界観光機関) が発表した2023年のデータに基づくと、世界の観光市場を牽引する国々が見えてきます。
国際観光客到着数 国別ランキング(2023年暫定データより)
- フランス:約1億人
- スペイン:約8,510万人
- アメリカ合衆国:約6,650万人
- イタリア:約5,720万人
- トルコ:約5,520万人
- メキシコ:約4,220万人
- イギリス:約3,760万人
- ドイツ:約3,480万人
- ギリシャ:約3,270万人
- オーストリア:約3,090万人
- タイ:約2,810万人
- サウジアラビア:約2,760万人
- アラブ首長国連邦:約2,520万人
- マレーシア:約2,010万人
- 香港:約1,990万人
- インド:約1,260万人
- 日本:約2,580万人 (※注:日本のデータはJNTO発表の2023年確定値。UN Tourismの集計方法により順位が変動する可能性あり。このリストは主にUN Tourismの暫定データに基づき作成。)
- カナダ:約2,000万人 (※概算)
- オランダ:約2,000万人 (※概算)
- ポーランド:約1,800万人 (※概算)
(※上記ランキング及び人数は2023年の暫定データや推計に基づくため、情報源や集計方法により若干異なる場合があります。特にパンデミックからの回復途上にあり、順位や人数は変動しやすい状況です。)
このランキングを見ると、やはり欧州の国々が圧倒的な強さを見せていることがわかります。長年にわたり観光立国としての地位を確立してきた彼らは、一体どのような戦略でこの地位を維持しているのでしょうか?特にトップ3の国々に焦点を当て、その成功要因を探ってみましょう。
成功の秘密を探る:トップ3の戦略に学ぶ
第1位 フランス:歴史、文化、そして「生き方」を売る国
- 観光客到着数(2023年暫定):約1億人
- その国の観光の特徴:
- 圧倒的な文化遺産と多様性: パリのエッフェル塔やルーブル美術館といった象徴的な存在に加え、古城、美しい田園風景、地中海やアルプスの自然、美食の数々など、地域ごとに全く異なる魅力が溢れています。歴史的建造物、美術館、ワイナリー、ファッション、ガストロノミー(美食)といった多岐にわたる分野で、世界中の人々を魅了します。
- 強力な「ブランド力」: フランスという国自体が持つ洗練されたイメージ、「アール・ド・ヴィーヴル(生活美学)」といったコンセプトが、観光客にとって強い憧れとなっています。単なる場所ではなく、「フランスでの体験」そのものに価値を感じさせます。
- アクセスの良さとインフラ: ヨーロッパの中心に位置し、主要都市間の高速鉄道(TGVなど)や航空ネットワークが発達しているため、欧州域内からのアクセスが非常に良好です。国内の観光インフラも整備されており、快適な旅行をサポートします。
- 戦略的な観光プロモーション: 国の観光開発機構であるAtout Franceなどが中心となり、ターゲット市場に合わせた洗練されたマーケティング戦略を展開しています。デジタルプロモーションや体験型コンテンツの発信に力を入れています。
- 代表的な人気スポット:
- パリ(エッフェル塔、ルーブル美術館、ノートルダム大聖堂、シャンゼリゼ通りなど)
- ヴェルサイユ宮殿
- モン・サン・ミシェル
- プロヴァンス地方
- コート・ダジュール(ニース、カンヌなど)
- ロワール渓谷の古城群
第2位 スペイン:太陽、情熱、そして「本物」の体験を提供
- 観光客到着数(2023年暫定):約8,510万人
- その国の観光の特徴:
- 「太陽とビーチ」から文化・美食へ: 長年、温暖な気候と美しい海岸線(コスタ・デル・ソル、コスタ・ブラバなど)が最大の魅力でしたが、近年はバルセロナのサグラダ・ファミリア、マドリードのプラド美術館といった文化、アンダルシア地方のフラメンコ、そして世界的に評価される美食(タパス文化、ミシュラン星付きレストランなど)といった多様な魅力の発信を強化しています。
- 地域ごとの強い個性: カタルーニャ、アンダルシア、バスク、ガリシアなど、各自治州が独自の歴史、文化、言語(一部)、食文化を持ち、それぞれが独立した観光デスティネーションとして強力なブランドを確立しています。この「多様性」がリピーターを惹きつけます。
- 祭りやイベントの活用: 各地で開催される伝統的な祭り(セビリアの春祭り、パンプローナの牛追い祭りなど)やスポーツイベント(サッカーリーグ ラ・リーガなど)が、強力な集客装置となっています。
- ターゲットに合わせたマーケティング: 観光促進機関Turespañaが中心となり、高級旅行者、文化愛好家、美食家、アクティブトラベラーなど、様々なターゲット層に向けたきめ細やかなプロモーションを展開しています。デジタル技術を活用した顧客体験の向上にも積極的です。
- 代表的な人気スポット:
- バルセロナ(サグラダ・ファミリア、グエル公園、ゴシック地区など)
- マドリード(プラド美術館、王宮、レティーロ公園など)
- グラナダ(アルハンブラ宮殿)
- セビリア(セビリア大聖堂、アルカサルなど)
- イビサ島、マヨルカ島などのバレアレス諸島
- カナリア諸島
第3位 アメリカ合衆国:圧倒的なスケールとエンターテイメント性
- 観光客到着数(2023年暫定):約6,650万人
- その国の観光の特徴:
- 「何でもあり」の多様な体験: 広大な国土に、ニューヨークやロサンゼルスのような大都市の摩天楼、グランドキャニオンやイエローストーン国立公園のような壮大な自然、フロリダやカリフォルニアのテーマパーク、ハワイやフロリダのビーチリゾート、ラスベガスのエンターテイメントなど、あらゆる種類の観光ニーズに応えられる多様性があります。
- 強力なソフトパワーとブランド力: 映画、音楽、スポーツといった文化的な影響力が強く、「アメリカに行きたい」という憧れが世界中にあります。自由、多様性、エンターテイメントといったイメージが、強力なブランドとなっています。
- 進んだマーケティングとテクノロジー: Brand USAなどの観光促進機関が、最新のデジタル技術やデータ分析を駆使した大規模なマーケティングキャンペーンを展開しています。オンライン旅行会社(OTA)や旅行テクノロジーの分野でも世界をリードしており、旅行計画から現地での体験までが非常にスムーズです。
- 強固な国内観光市場: 世界有数の人口と経済力を持つため、国内観光市場が非常に大きく、安定した観光基盤となっています。これにより、インフラやサービスのレベルも高く維持されています。
- 代表的な人気スポット:
- ニューヨーク市(タイムズスクエア、セントラルパーク、自由の女神など)
- ロサンゼルス(ハリウッド、ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドなど)
- オーランド(ウォルト・ディズニー・ワールド、ユニバーサル・オーランド・リゾートなど)
- ラスベガス
- グランドキャニオン国立公園
- ハワイ(ホノルル、マウイ島など)
日本が世界から学ぶべきこと:明日から取り入れるべき実践的ヒント(まとめ)
世界のトップ国、特にフランス、スペイン、アメリカの事例から、日本のインバウンド戦略において学ぶべき点は多々あります。彼らの成功は一朝一夕に成し遂げられたものではなく、長期的な視点に立った戦略と、時代に合わせた変化への適応力の賜物と言えるでしょう。
では、具体的に日本が学び、そして貴社のビジネスに明日からでも取り入れるべきヒントは何でしょうか。
- 「多様性」を武器にした地域ブランドの確立と連携強化
- 学び: スペインのように、日本各地が持つ独自の歴史、文化、食、自然といった「多様性」こそが最大の強みです。単に「日本」としてではなく、「京都の古都体験」「北海道の大自然アドベンチャー」「瀬戸内海の現代アート巡り」といった、地域ごとの明確なアイデンティティを打ち出すことが重要です。
- 実践的ヒント:
- 貴社の位置する地域や、提供するサービスが持つ独自の魅力を言語化し、ターゲット顧客に響くストーリーとして発信しましょう。
- 地域のDMO(デスティネーション・マーケティング・オーガニゼーション)や他の事業者と積極的に連携し、広域での観光ルート開発や共同プロモーションを企画しましょう。地域の「点」を「線」や「面」で繋げることで、観光客の滞在期間延長や消費拡大に繋がります。
- 「体験」と「物語」を重視したコンテンツ造成
- 学び: フランスの「アール・ド・ヴィーヴル」やスペインの「祭り」のように、観光客は単にモノを見るだけでなく、その土地ならではの「体験」や「物語」に価値を見出します。アメリカのエンターテイメント性も、非日常的な体験を提供する点で共通しています。
- 実践的ヒント:
- 貴社のサービスに、顧客が能動的に参加できる体験型コンテンツ(例:料理教室、伝統工芸体験、農業体験、ガイド付き街歩きなど)を組み込めないか検討しましょう。
- 貴社の歴史、商品・サービスの背景にある物語、地域との関わりなどを掘り下げ、多言語で発信しましょう。ストーリーは顧客の感情に訴えかけ、記憶に残る体験となります。
- ターゲットに合わせたデジタルマーケティングの最適化
- 学び: トップ国はいずれもデジタルチャネルを効果的に活用し、特定のターゲット層に合わせた情報発信を行っています。オンラインでの情報収集から予約、旅行中の情報アクセスまで、シームレスなデジタル体験の提供が不可欠です。
- 実践的ヒント:
- 貴社のターゲットとする国・地域の顧客がよく利用するSNSやプラットフォーム(例:中国ならWeChat/Weibo、欧米ならInstagram/Facebook/TikTok、特定の趣味を持つ層向けのニッチなサイトなど)に合わせた情報発信を行いましょう。
- 多言語対応のウェブサイトや予約システムを整備し、特にモバイルフレンドリーなデザインを徹底しましょう。SEO対策として、ターゲット言語でのキーワード設定も重要です。
- インフルエンサーマーケティングや、オンライン広告(リスティング広告、SNS広告)など、デジタルツールを活用した効率的な集客方法を検討しましょう。
- 質の高い情報発信とコミュニケーションの強化
- 学び: フランスの洗練されたブランディングや、アメリカの明確な情報提供は、観光客の信頼と安心に繋がります。正確で魅力的な情報を、タイムリーに、多言語で発信することが基本です。
- 実践的ヒント:
- ウェブサイトやSNSで提供する情報(営業時間、料金、アクセス、提供サービスの詳細など)は常に最新の状態に保ち、正確性を期しましょう。
- FAQページを充実させたり、チャットボットを導入したりするなど、多言語での問い合わせ対応をスムーズに行える体制を整えましょう。口コミサイトへの丁寧な返信も、信頼構築に繋がります。
- 美しい写真や動画を積極的に活用し、視覚的に訴えかけるコンテンツを作成しましょう。
- データに基づいた戦略的意思決定
- 学び: 成功している国や地域は、観光客の属性、行動パターン、消費動向などのデータを収集・分析し、マーケティング戦略やサービス改善に活かしています。
- 実践的ヒント:
- 可能な範囲で、顧客の国籍、年齢層、利用頻度、消費額などのデータを収集・分析しましょう。
- Google Analyticsなどのツールを活用し、ウェブサイトへのアクセス状況やユーザー行動を分析しましょう。
- これらのデータに基づき、最も効果的なプロモーションチャネルは何か、どのようなサービス改善が顧客満足度向上に繋がるか、といった戦略的な判断を行いましょう。
経営者の皆様へ
世界のインバウンド市場は常に変化しています。成功を続ける国々は、自国の強みを磨きつつ、新しい技術やトレンドを柔軟に取り入れています。彼らの事例は、単に規模が大きいから成功しているのではなく、緻密な戦略と実行力があるからこそ、多くの観光客を惹きつけ続けられることを示しています。