国際観光客到着数で世界をリードする国々は、偶然その地位を獲得したわけではありません。そこには、緻密に計算された戦略と、ターゲット市場に合わせた継続的なプロモーション活動があります。彼らは一体、どのようにして自国の魅力を世界に届け、多くの人々を旅行へと駆り立てているのでしょうか?
世界のインバウンド誘致戦略の最前線を見ていきましょう。(※国際観光客数トップ10は前述の2023年暫定データに基づきます。)
世界のトップ10諸国が実施する誘致戦略事例
1. フランス
- 実施している具体的な誘致対策:
- 洗練された「フランスらしさ」のブランド構築: 「アール・ド・ヴィーヴル(生活美学)」といったコンセプトを前面に出し、単なる観光地ではなく、豊かなライフスタイルや文化体験を売りにするプロモーション。
- テーマ別の多様な観光商品の開発とプロモーション: パリの象徴的な観光に加え、美食、ワイン、ファッション、ロワール渓谷の古城、南仏の自然など、地域やテーマに特化した魅力を細やかに発信。
- 主要市場に合わせたデジタルマーケティング: 国の観光開発機構Atout Franceが中心となり、ウェブサイト、SNS、インフルエンサーなどを活用し、ターゲット国の言語や文化に合わせたオンラインキャンペーンを展開。
- 国際会議(MICE)や大型イベントの誘致: 国際会議や主要なスポーツイベント(ラグビーワールドカップ2023、パリオリンピック2024など)を積極的に誘致し、ビジネス目的やイベント観戦目的の渡航者を増やす。
- 成功事例とされる取り組み: 長年にわたり培われた「フランス」ブランドは、世界中の人々の憧れであり続けています。ターゲットに合わせたデジタルキャンペーンは、具体的な旅行計画を後押ししています。
2. スペイン
- 実施している具体的な誘致対策:
- 「太陽とビーチ」からの脱却と多様性の発信: 文化遺産(アルハンブラ宮殿、サグラダ・ファミリアなど)、美食(ミシュラン、タパス)、アート(プラド美術館)、活気ある都市(バルセロナ、マドリード)など、多様な魅力を統合的にプロモーション。
- 地域ごとの強力な観光ブランド確立: アンダルシア、カタルーニャ、バスクなど、各自治州が独自の文化や食を強調したプロモーションを展開し、リピーターや周遊観光を促進。
- デジタルテクノロジーの活用とデータ分析: 観光促進機関Turespañaが高度なデータ分析に基づき、特定の顧客セグメント(富裕層、若年層、アウトドア愛好家など)に向けたパーソナライズされたデジタル広告やコンテンツ配信を実施。
- フラメンコや闘牛など文化体験の強調: スペインならではの情熱的な文化や祭り、イベントを積極的に紹介し、他国にはない独自の体験価値をアピール。
- 成功事例とされる取り組み: イメージの多様化戦略により、スペインは幅広い層の観光客を惹きつけ、ビーチリゾートだけでなく都市観光や文化観光でも成功を収めています。
3. アメリカ合衆国
- 実施している具体的な誘致対策:
- 「Dream Big」など象徴的なナショナルブランディング: 国の観光促進機関Brand USAが、アメリカの広大さ、多様性、自由な雰囲気といったイメージを前面に出した大規模なグローバルキャンペーンを展開。
- ハリウッド映画や音楽などポップカルチャーとの連携: 世界中で影響力を持つアメリカのエンターテイメントコンテンツと連携し、ロケ地巡りやテーマパークといった観光コンテンツをプロモーション。
- 広大な国内の「多様な体験」をパッケージング: 大都市の観光、国立公園での自然体験、ビーチリゾート、エンターテイメント施設など、ターゲットの興味に合わせた多様な旅行商品を企画・販売促進。
- オンライン旅行会社(OTA)や旅行業界との連携: 世界中の主要なOTAや旅行会社と緊密に連携し、アメリカへの旅行商品を幅広いチャネルで販売。
- 成功事例とされる取り組み: Brand USAのキャンペーンは、国の魅力を統一的に発信し、世界中の旅行意欲を刺激しています。ポップカルチャーとの連携は、特に若年層に強いアピール力を持っています。
4. イタリア
- 実施している具体的な誘致対策:
- 圧倒的な世界遺産と芸術性の強調: 古代ローマ遺跡、ルネサンス美術、バロック建築など、数千年の歴史と芸術が生み出した「本物」の魅力を最大限にアピール。
- 「スローツーリズム」や地方の食文化のプロモーション: 大都市だけでなく、トスカーナやシチリアといった地方の美しい景観、独自の食文化、ワインなどを紹介し、ゆったりとした滞在を推奨。
- ターゲットに合わせたデジタルコンテンツの充実: 公式観光サイトItalia.itなどで、写真や動画を豊富に使い、歴史、アート、食、自然といったテーマ別に魅力的なコンテンツを発信。
- 映画産業との連携(フィルムツーリズム): イタリアを舞台にした映画やドラマのロケ地を巡る旅をプロモーションし、作品ファンを誘致。
- 成功事例とされる取り組み: 「イタリア」という国そのものが持つ歴史的・文化的権威が強力な誘致力となっています。スローツーリズムの推進は、リピーターや高質な旅行者を惹きつけています。
5. トルコ
- 実施している具体的な誘致対策:
- 戦略的な価格設定とコストパフォーマンスのアピール: 特にアジアや中東市場に対し、欧州に比べて手頃な価格で質の高いサービスを提供できる点を強調。
- 歴史、文化、自然、ビーチリゾートの包括的なプロモーション: イスタンブールの歴史、カッパドキアの奇岩群、地中海・エーゲ海沿岸のリゾートなど、多様な観光資源を組み合わせて提案。
- トルコ航空の広範なネットワーク活用: 世界中の多くの都市とトルコを結ぶトルコ航空の路線網を活かし、ハブ空港としての利便性をアピールし、乗り継ぎ客にもトルコ立ち寄りを促進。
- メディカルツーリズムやヘルスケアツーリズムの推進: 高度な医療サービスや温泉などをプロモーションし、治療や健康増進を目的とした誘致を強化。
- 成功事例とされる取り組み: コストパフォーマンスと多様な魅力の発信により、トルコはパンデミックからの回復を早く進め、特に欧州や中東からの観光客を再び惹きつけることに成功しています。
6. メキシコ
- 実施している具体的な誘致対策:
- 「Vivir Es Increíble(生きるって素晴らしい)」など感情に訴えかけるブランドキャンペーン: メキシコの活気、情熱、ホスピタリティといったポジティブなイメージを伝えるプロモーション。
- 世界遺産、古代文明、伝統文化の強調: マヤ遺跡(チチェン・イッツァなど)、アステカ遺跡、各地の祭り、テキーラやメスカルといった食文化など、メキシコ独自の深い歴史と文化をアピール。
- ビーチリゾートと内陸部観光の組み合わせ提案: カンクン、プラヤ・デル・カルメンなどの人気ビーチリゾートと、メキシコシティ、オアハカといった内陸の文化都市や自然を組み合わせた周遊ルートをプロモーション。
- 主要市場(特にアメリカ、カナダ)への重点的なプロモーション: 地理的に近く、文化的な繋がりも深い北米市場に対し、週末旅行や長期休暇の旅行先として継続的にアピール。
- 成功事例とされる取り組み: ビーチリゾートの圧倒的な人気に加え、文化や食の魅力も打ち出すことで、リピーターや多様な興味を持つ観光客を惹きつけています。
7. イギリス
- 実施している具体的な誘致対策:
- 「Great Britain」キャンペーンなど強力なナショナルブランディング: 歴史、文化、伝統と、現代的なクールさを融合させたブランドイメージを世界に発信。
- 王室関連イベントや主要スポーツイベントの活用: 王室の慶事やウィンブルドン、プレミアリーグといった世界的なイベントを観光誘致の機会として最大限に活用。
- フィルム・ツーリズムの推進: 『ハリー・ポッター』、『007』、歴史ドラマなどのロケ地を巡るツアーを開発・プロモーション。
- 地域ごとの特色を活かしたプロモーション: VisitEngland, VisitScotland, VisitWalesなどが連携し、ロンドンだけでなく各地域の多様な魅力を発信。
- 成功事例とされる取り組み: 強力なナショナルブランドと、世界的なイベントやポップカルチャーとの連携は、特に欧米圏からの観光客に強いアピール力を持っています。
8. ドイツ
- 実施している具体的な誘致対策:
- 歴史、文化、自然、都市の多様なテーマ別プロモーション: 古城、音楽、ビール、クリスマスマーケットといったテーマに加え、森林や山岳などの自然、現代アートやデザインといった都市の魅力も紹介。
- 「Germany, simply inspiring」などインスピレーションを刺激するキャンペーン: 旅を通じて得られる感動や発見といった、感情的な価値を重視したブランディング。
- ビジネス観光(MICE)への注力: 世界有数の見本市開催国としての強みを活かし、ビジネス目的の渡航者に対し、観光も組み合わせた滞在を推奨。
- 隣国との連携強化: 欧州内の地理的な優位性を活かし、周辺国と連携した広域観光ルートを開発・プロモーション。
- 成功事例とされる取り組み: 多様なテーマと高品質なインフラを組み合わせたプロモーションにより、ドイツは文化観光、自然観光、ビジネス観光など幅広いニーズに応えています。
9. ギリシャ
- 実施している具体的な誘致対策:
- 神話、古代史、美しい島々の景観の強調: アテネのパルテノン神殿、サントリーニ島の白い街並み、エーゲ海の透明度の高い海など、ギリシャならではの普遍的な魅力を集中的にアピール。
- 「Philoxenia(フィロクセニア:もてなしの心)」などホスピタリティのプロモーション: ギリシャ人の温かいもてなしや、ゆったりとした地中海式のライフスタイルを体験価値として発信。
- デジタル技術を活用したプロモーション: SNS映えする写真や動画を積極的に活用し、若年層を含む幅広いターゲット層にアピール。特にInstagramなどで強い存在感を示しています。
- 新たな島々や本土の隠れた魅力の発掘と紹介: 人気の島への集中を避けつつ、知名度は低いが魅力的な観光地を紹介し、リピーターや長期滞在者を惹きつける。
- 成功事例とされる取り組み: 古代の遺産と美しい自然景観という強力な観光資源を、デジタル時代に合わせたビジュアル重視のプロモーションで世界に届けています。
10. オーストリア
- 実施している具体的な誘致対策:
- 音楽(モーツァルト、クラシック音楽)と歴史(ハプスブルク帝国)の強調: ウィーン、ザルツブルクといった都市を中心に、豊かな音楽史や帝国の遺産をコアコンテンツとしてプロモーション。
- アルプスの自然とアウトドアアクティビティの提案: スキー、ハイキング、湖水地方の美しさなど、四季折々の自然を満喫できるアクティビティをプロモーション。
- 伝統的なカフェ文化や美食の紹介: ウィーンのカフェ文化や、各地の郷土料理、ワインといった食の魅力も重要な誘致要素として発信。
- 「Quality Tourism」の推進: 高品質な宿泊施設、サービス、文化体験を提供できる点を強調し、量よりも質を重視する旅行者をターゲットにする。
- 成功事例とされる取り組み: 音楽と歴史という強力な文化資源を軸に、質の高いサービスと美しい自然を組み合わせることで、リピーター率の高い安定した顧客層を惹きつけています。
日本が世界から学ぶべき誘致のヒント:明日から取り組めるアイデア
世界のトップ国が実践する誘致戦略には、日本のインバウンド観光がさらに成長するために学ぶべき多くの示唆が含まれています。彼らの成功から、私たちが具体的に取り組めることは何でしょうか?
- 「選ばれる理由」を明確にしたナショナルブランドと地域ブランドの構築
- 学び: フランスの「アール・ド・ヴィーヴル」、スペインの「情熱」、アメリカの「自由と多様性」のように、日本も「Cool Japan」といった抽象的なイメージだけでなく、「なぜ日本に来るべきか」「日本でしかできない体験は何か」といった具体的な提供価値に基づいた強力なブランドを確立する必要があります。また、各地域も独自の「選ばれる理由」を明確に打ち出す必要があります。
- 日本が直ちに実施すべきこと:
- 貴社が位置する地域や提供するサービスの「ユニークな強み」を深く掘り下げ、外国人観光客にとって魅力的な「体験ストーリー」として言語化しましょう。
- このストーリーを、ウェブサイト、SNS、パンフレットなどで一貫性を持って発信しましょう。地域のDMOや自治体とも連携し、地域全体のブランド構築に参加しましょう。
- ターゲット市場とテーマを絞った「刺さる」プロモーション
- 学び: 世界のトップ国は、マス向けのプロモーションと並行して、特定の国籍、年齢層、趣味・関心を持つ層(例:アニメファン、温泉愛好家、登山家、美術館巡り好きなど)に響くようにメッセージやチャネルを最適化しています。
- 日本が直ちに実施すべきこと:
- 貴社のサービスや地域の魅力が、どのような外国人観光客に最も響くのか、ターゲットセグメントを具体的に設定しましょう。(例:「北米の自然愛好家」、「東南アジアのアニメファン」、「欧州の歴史・文化探求者」など)
- 設定したターゲット層がよく利用するオンラインメディア、SNS、オフラインコミュニティなどを特定し、そこに最適化されたコンテンツ(動画、ブログ記事、インフルエンサーとのタイアップなど)を積極的に配信しましょう。
- テクノロジーとデータの徹底活用
- 学び: デジタルマーケティングは、現代の観光誘致に不可欠です。世界のトップ国は、高度なデータ分析に基づき、プロモーション効果を最大化しています。
- 日本が直ちに実施すべきこと:
- 多言語対応のウェブサイト、オンライン予約システムを導入・改善し、外国人観光客が情報収集から予約、決済までをスムーズに行えるようにしましょう。
- Google Analyticsなどのツールを活用し、外国人からのウェブサイトアクセス状況や行動データを分析しましょう。どのような情報に関心が高いか、どこからアクセスが多いかなどを把握し、プロモーションやコンテンツ改善に活かしましょう。
- SNS広告や検索連動型広告など、デジタル広告の活用を検討しましょう。ターゲット層に合わせたキーワード設定やクリエイティブが重要です。
- 「体験価値」を高めるコンテンツとストーリーテリング
- 学び: 観光客は「モノ」だけでなく、「コト」や「体験」を求めています。そして、その体験に「物語」が付随することで、記憶に深く刻まれます。
- 日本が直ちに実施すべきこと:
- 貴社のサービスに、単なる見学や購入だけでなく、顧客が参加できる体験要素(製造プロセス見学+体験、伝統文化ワークショップ、地元の人々との交流プログラムなど)を組み込めないか検討しましょう。
- 貴社の成り立ち、商品・サービスの背景にある文化や歴史、地域との繋がりといった「物語」を掘り起こし、魅力的な多言語コンテンツ(ウェブサイトの「私たちの物語」ページ、SNSでのシリーズ投稿など)として発信しましょう。
- アクセスの利便性向上と情報提供の徹底
- 学び: どんなに魅力的なコンテンツがあっても、そこにたどり着くのが難しければ観光客は諦めてしまいます。情報へのアクセスと物理的なアクセス、双方の利便性向上が重要です。
- 日本が直ちに実施すべきこと:
- 貴社へのアクセス方法を、主要空港や主要駅から多言語で、写真や地図、動画も使って分かりやすく説明する情報をウェブサイトに掲載しましょう。
- 営業時間、定休日、料金、提供サービスの詳細などを、多言語で、最新かつ正確な情報として発信しましょう。Googleマップのビジネス情報なども活用しましょう。
- 外国人観光客が抱きやすい疑問(例:「〇〇はクレジットカードで払えるか?」「英語が通じるか?」など)に対するFAQページを多言語で整備しましょう。
世界のトップ国は、自国の魅力を最大限に引き出し、ターゲットに合わせて効果的に発信することで、国際観光客を惹きつけています。彼らの戦略は、必ずしも大規模な予算だけではなく、アイデアと実行力、そしてデータに基づいた継続的な改善によって支えられています。
日本の、そして貴社のインバウンド誘致戦略も、これらの世界の成功事例を参考に、自社の強みとターゲット市場を明確にし、デジタル技術も活用しながら、魅力的な「体験」と「物語」を世界に届けていくことが重要です。
オーバーツーリズム対策と誘致戦略は、持続可能な観光を実現するための両輪です。「光」を増やす努力と同時に、「影」を管理する対策も講じることで、日本は真の意味でのインバウンド大国として、その地位を確固たるものにできるでしょう。